柔道競技におけるアンチ・ドーピングの啓発活動と調査研究(臨床工学科/健康福祉支援開発センター 教授 渡邉 紳一)
臨床工学科/健康福祉支援開発センター 渡邉 紳一 教授
競技力向上のための薬物の過剰摂取は、スポーツ選手の心身の健全な育成を蝕みます。柔道競技におけるジュニア選手の健全な育成のための調査研究を実施するとともに、ドーピング防止の啓発活動を展開しています。
1994年の国際オリンピック委員会の医事規程によると、「スポーツ選手が競技力を高めようとして薬物などを用いること」がドーピングの定義とされています。例えば、筋力や持久力・集中力などを高めたり、疲労や不安感をなくしたり、減量をすることなどが薬物使用の目的とされています。ところが、薬物摂取によってこれらの効果を得ようとすると大量の薬物が必要となり、副作用等によって選手に健康被害をもたらし、死亡例も報告されています。また、スポーツ選手の薬物濫用は社会に害を及ぼすとともに、スポーツ固有の価値を損ねてしまうことから、正当な理由(ほかに代替治療がなく、健康を取り戻す以上に競技能力を向上させないなど)以外での薬物の使用禁止は世界各国の政府の願いでもあります。
ところが、オリンピックや各競技の大きな大会におけるドーピングの競技会検査や、いわゆる抜き打ち検査(競技会外検査)などで、ドーピング違反に認定される事案が後を絶たず、日本人選手による違反行為もゼロではありません。トップアスリートによるこのような事案は、フェアなスポーツ精神に反するだけではなく、彼らに憧れを抱く選手によるドーピング違反行為を助長させる可能性があり、健全な選手の育成が危ぶまれます。
近年では、ドーピング検査の対象が低年齢化してきており、中学生までもが検査を受けなければならない時代になりました。このことは、ドーピング防止教育が早い時期から展開されなければならないことを意味しています。
公益財団法人 全日本柔道連盟 医科学委員会のアンチ・ドーピング部会では、柔道競技におけるジュニア選手に対するドーピング防止教育を毎年展開しています。渡邉も2007年度からこの部会に所属し、柔道の国内および国際大会でのドーピングの競技会検査に関わり、また前述のドーピング防止教育に携わっています。これらの活動の中で、中学・高校のトップクラスの柔道選手、中学全国柔道大会の出場選手とその指導者や保護者、全日本体重別選手権大会出場選手の競技会検査対象者とその帯同者などを対象としたアンチ・ドーピングに関する意識調査を実施し、分析を行なっています。
これらの調査研究によって、現在まで以下のことを明らかにしてきました。
・早い時期からのアンチ・ドーピングに関する教育活動を展開し、アンチ・ドーピングの狙いが正しく理解できるような教育の繰り返しが重要である
・ドーピング検査の対象となることはトップアスリートであることの証しでもあり、ドーピング検査に消極的な気持ちを持たせないような教育が必要である
・競技者支援要員(競技者の指導者・トレーニングパートナー・保護者や家族など)が、アンチ・ドーピングに対する積極的な理解と情報を収集する姿勢が重要である
・競技者支援要員は、これまで以上にドーピング検査に対する理解を深め、自らが礼節や品格を欠かすことのないように心がけることが競技者の健全な育成につながる
今後もこれらの教育研究活動は継続して実施していきます。
下図は、2018年度に全日本柔道連盟が主催して開催した、柔道ジュニアブロック合宿に参加した国内中学・高校のトップクラスの男子選手180名を対象として行なった調査結果の一部を示したものです。これまでに、「アンチ・ドーピングに関する教育を受けた経験がある」と回答した58名が初めてその教育を受けた時期(平均14.9歳)と、「ドーピングの検査経験がある」と回答した12名が初めて検査を受けた時期(平均16.3歳)が概ね重なっていますが、58名のほとんどは「当合宿中に実施したアンチ・ドーピング講義以外で教育を受けたことはない」と回答しました。もっと多くの機会でドーピング防止教育が展開されることの重要性を示しています。
▼関連するSDGs
3 すべての人に健康と福祉を
4 質の高い教育をみんなに